ブータン 山の教室
良い点
- 幸福とは(幸福の国ブータンを知る)
- 教育の大切さ(未来に触れる)
- ヒマラヤ山脈の村の自然と山に響く歌声
悪い点
- どこでもある現在社会が持つ課題
- 最初の導入部分が少し長い
「世界一幸福の国ブータンが描いた幸せとは」
どんな内容?
世界一幸福度が高いブータンで「幸せ」や「現在ブータンが抱えている問題」などを、ヒマラヤ山脈の最も僻地な村の学校に赴任させられた都会の若者を通じて描いたヒューマン作品。
冒頭のストーリー
ブータンの都会で、大学を卒業後小学校の教師として4年間働いていた「ウゲン」(シェラップ・ドルジ)。教師を全くやる気なく、ミュージシャンを夢見てオーストラリアに移住して音楽でやっていこうとしていた。
ブータンは教師になった場合、卒業後5年間は国の指定した場所で教鞭をとることになっていて、全く教師をやる気ないウゲンは最後の1年間、ブータンでも僻地の僻地、標高4800mのヒマラヤ山脈の約50人程度の小さな村「ルナナ」に赴任することになった。オーストラリアのビザが取れるまで、嫌々この僻地の村ルナナに行って、村の子供たちに教えることに。そのルナナ村はバスで1日500人規模の町を経由し、さらに歩いて峠を越え、8日間山道をひたすら歩いて野宿しながらやっとたどりつく村であった。果たして、ウゲンは、この村で先生ができるのか。
作品解説
ヒマラヤ山脈の標高4800メートルにある実在の村ルナナを舞台に、都会から来た若い教師と村の子どもたちの交流を描いたブータン映画。第94回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートになった2019年のブータンのヒューマン映画。世界一幸福度数が高いブータンで、「幸せ」や「現在ブータンが抱えている問題」などを描いた作品。
舞台となるルナナ村は、現代社会とは全く違っている環境で、ブータンでも都会暮らしになれた若者には信じられない環境である。しかし、村人は「子供たちへの教育は未来に触れるもの」として先生に期待し、子供たちは「勉強したい」と先生の到着を心待ちにしていて、その子どもたちと接しているうちに変化がでてくる。
本作が初メガホンとなるブータン出身のパオ・チョニン・ドルジ監督が、村人たちのシンプルながらも尊い暮らしを美しい映像で描き、本当の幸せとは何かを問いかける。
面白いポイント
①幸福国ブータンについて
世界一幸福度が高い国ブータンの人々の生活ぶりや生き方を知る映画となっている。「人間の幸せとは何か」、現代社会の便利さや一見豊かさだと思っているものが、果たして本当なのか。
②都会と田舎の違い
最も幸福だとされるブータン内でも、「都会に暮らす若者」と「最も僻地に暮らす人々」の格差や環境の違いが大きく存在し、社会問題になっている反面、ブータンの人々は何を大切に思っているかが分かる作品でもある。
映画の中で「ブータンは最も幸せ」だと言われ、しかも便利で豊かな都会暮らしをしている者が「どうして外国(オーストラリア)に移住するのか」。それに対する対比として、村人の中では「自分たちは今の生き方を大切に思い、出ていく気持ちはない」という話もあった。都会の若者たちが生き方を見失っているのではという問いかけでもあるように思えた。
③教育の大切さ、素晴らしさ
映画の中にある「子供たちの教育こそが未来に触れる」という意識である。教育の大切さを改めて感じました。
④ヒマラヤ山脈の自然
ヒマラヤ山脈とその麓にある村、そしてそこに行くための旅路の景色、村の景色、自然の雄大さと崇高さを感じることができました。
あらすじ
ミュージシャンを夢見る若い教師「ウゲン」(シェラップ・ドルジ)は、大学を卒業し4年間教師として都会の学校で教えていたが全くやる気がなく、音楽が好きでミュージシャンを目指して、人前で時々演奏している。オーストラリアでミュージシャンになるためビザの申請を予定しており、最後の1年間仕方なく教師を続けることに。
国から最後の1年をブータンでも最も僻地の、ヒマラヤ山脈の標高4800mにある村民50人程度の小さな村ルナナ(実在する村)の学校へ赴任するよう言い渡される。そこに行くためバスで1日、徒歩で野宿しながら8日間山道を歩き続けてやっとルナナ村にたどり着いた。道中では自然の厳しさと崇高さを感じながら、昔からの習慣などには目をくれずに。
ルナナ村にはソーラー発電はあるものの電気は不自由で、トイレットペーパーもなく紙も貴重で何もない学校や、ヤクの糞を燃料としている環境である。現代社会とは全く違っている環境で、ブータンでも都会暮らしになれた若者ウゲンには信じられない環境であった。そのため、「自分には教師は努められない」、「教師を辞めてすぐに都会に帰りたい」と村人に言って失望されてしまう。ウゲンはどうなるのか?
以下ネタバレありで続きの説明
ネタバレ注意 (開く)
村人は「子供たちへの教育は未来を触れるもの」として先生に期待し、子供たちは「勉強したい」と先生の到着を心待ちにし、熱心に目を輝かせて授業を受ける。そうした子供たちや村人と接しているうちに何とかして子供たちに教えるようになり、次第に子供たちや村人からも信頼され始め、教育を熱心に行うとともに得意のギターや歌で音楽を通じて心の触れ合いを図るようになる。
そして、この村で歌われる歌を自然の中で聞いて、守り神のヤクや自然を大切に思う気持ちを理解するようになり、次第に村のことを好きになっていく。しかし、冬になると極寒になり雪で移動できなくなるため、1年で教師を辞めることになっていたウゲンは、後ろ髪をひかれつつ村を出ていく。帰りには、村の伝統的な習慣にも敬意を払うようになっていた。
1年後、ウゲンは念願のオーストラリアでミュージシャンとして夜のバーでの弾き語りをしていたが、そこでは単にBGMとしての音楽でしかなく、自分の居場所ではないと感じている自分がいた。そして、彼は最後にたどり着いた自分の居場所、自分を取り戻したものとは?
キャスト
メインキャストは、主人公の山の学校の教師役「ウゲン」(シェラップ・ドルジ)、村人で彼をサポートする「ミチェン」(ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ)、ヤクに捧げる歌を歌い歌をウゲンに教えウゲンと交流を行う「セデュ」(ケルドン・ハモ・グルン)など。
ウゲン(シェラップ・ドルジ)
主演であり、都会に住む教師で僻地の村ルナナに派遣される。全くやる気がなく、ひたすらオーストラリアでミュージシャンになることだけを夢見ている。見ていると嫌になるほどやる気がなく態度が失礼だが、村に着いて、村人や子供たちと接するうちに教師らしくなっていく。そうした若者像を、ブータンで見たときの姿を演じたのがシェラップ・ドルジ。
ミチェン(ウゲン・ノルブ・ヘンドゥップ)
ウゲンのサポート役をしているのがミチェン。体もがっしりしていて、ハンサムタイプか。ブータン人らしいい雰囲気があり、素朴でいい人を演じている。映画の中でわがままな若者ウゲンに対して、ミチェンが親切・素朴さで、うまく対比している。
セデュ(ケルドン・ハモ・グルン)
ウゲンと歌で交流を深め、お互いを思いやる関係になる。とてもかわいらしく、魅力的。
感想
幸せの国ブータンの人々が「どんな暮らしをして」、「どんな考え方をしているのか」すごく興味があって鑑賞しました。自然や人間の純朴さに感動して、都会でやる気のなかった先生(若者)が、子供たちや村人の熱意で心変わりをしていくヒューマンドラマと思っていた。
しかし、この映画の本質は、ブータンの人々が幸せと思う気持ちは自然の崇高さや歴史を大切に、「今生きている状況を一番大切にしている」という意識にあることを伝えているように思える。それはブータンの都会、特に若者では段々無くなってきており、「外国への憧れ」や「現状に対するやる気のなさ」を引き起こしていて、「社会的な問題になりかけているのでは」という問いかけでもあるのでは。その点は、日本でも同じ状況なのではないか。
気になった部分ですが、今回映画に出てくる村人が、ほとんど女の子や若い女の人が多く、何故男の人が少ないのかが疑問に感じた。女性の出生率が高いとは思えないので、2つ思いつくのは「主要産業のヤクの放牧に出ているため」、あるいは「都会に出稼ぎにでているため」なのか、不思議に感じた。
また、ブータンでは教職の大学を出て5年間は、国が指定した地域の学校で教鞭をとる義務があるようになっていた。これは奨学金をもらっていたためなのか、一般的にもそうなっているのか疑問に思ったが、大学の学費を安くあるいは無料にする代わりにそのくらいの責務があるのかもしれない。